『新撰姓氏録』や『日本三代実録』は秦氏の祖とする功満王が仲哀天皇の時代に初めて来日したとし、『日本書紀』は功満王の子・弓月君が仲哀天皇と神功皇后との間に生まれた応神天皇の時代に百済から百二十県の民を率いて来日したとする。

 昭和40年に死没した景教学者の佐伯好郎はこの秦氏をユダヤとし、昭和59年に死没した音楽学者の田辺尚雄は中国の五胡十六国時代の羌族とし、平成17年に死没した古代史学者の佐伯有清は百済の民とし、『姓氏家系大辞典』を著し昭和31年に死没した氏族制度の研究家の太田亮は秦の遺民である辰韓の民とした秦氏は何れにせよ往古に絹・綿・糸の生産に従いやはり渡来系の漢氏と勢力を拮抗させた族であったことは間違いないであろう。

 故・水野祐に拠る分類にて三輪王朝から河内王朝に更迭された時代に百済から渡来した秦氏が王朝の更迭に大いに関わっていたものと憶測され、後世に平安奠都を果たす桓武天皇の母を百済遺民の後裔である大和乙継の娘としたり、摂関家の高祖と言える藤原冬嗣の母を百済永継としたことなどを考えると、河内王朝が秦氏の存在を重要にしたことが推測される。

 この秦氏を出自としたという惟宗允亮が編んだ『政事要略』に記される武蔵・児玉郡下に在った阿久原牧が勅旨営牧となった時に初めて別当に補任された者が惟宗氏であったことは後の封建体制の胚芽を識る上で重要なことであり、関東僻遠の山間に在った牧場を監督する詰まらぬ官吏の名を平将門が藤原秀郷らに討たれる直前に時の台閣の長であった藤原忠平は私記に惟条という源高明が安和の変で失脚してから間もなく経って後に左大臣に昇った藤原在衡の従弟に該る者であったことを止めている。

 秦氏の流れを汲む惟宗氏が勅旨営牧として初めて牧監となり、朝廷を驚愕させた関東の叛乱が鎮定される前に時の台閣の長が牧監の名を識っていた阿久原牧へは藤原道長が左大臣に就いた年に大宰府へ左遷された道長の甥・伊周に仕えた家令・有道惟能もまた別当として赴いている。

 摂関政治の全盛期に生きた筈の有道惟行は中世に成った『武蔵七党系図』にしか看られない名であり、古書は惟行を有道惟能の子としている。

 ただ、有道惟行が遠峯なる雅号を用いたとする点は興味深く、源頼朝が伊豆に配流されていた時代に武蔵・比企郡の郡司を務めたという比企掃部允の実名を相模・余綾郡下に在った波多野荘を支配していた族の伝えた系図は遠宗とし、比企氏も波多野氏も平将門を討った藤原秀郷の流れを唱え、藤原忠平が私記に止めた阿久原牧別当・藤原惟条の祖となる人物の弟とする者の曾孫に該る者が藤原秀郷であった。

 比企掃部允の本貫とした地は武蔵・比企郡大谷郷であったかと思われるが、比企郡小見野郷の領主は遠峯の雅号を用いたという有道惟行の後裔と伝え、比企郡に南接する入間郡下の荒川に合流する入間川から分岐した越辺川の流域には有道惟行の後裔と伝える領主らが繁衍しており、また比企郡野本郷の領主は平将門が叛乱を演じた時に阿久原牧別当であった藤原惟条の大叔父となる者の後裔となる者で、比企郡と東接する足立郡との境界を成す荒川を遡った男衾郡下の畠山荘を治めた領主に請われて頼朝の庶兄に襲撃された源義賢の遺児・義仲を託された斉藤実盛は利根川畔となる幡羅郡下の長井荘を治めていたが、斉藤実盛もまた藤原惟条の大叔父の後裔であり、実盛が源義仲を預けた者は中原兼遠であった。

 『姓氏家系大辞典』の著者・太田亮が史料的価値を認めなかった『醫道系図』は有道氏の系譜を伝え、有道氏の遙かな祖を中原氏の遙かな祖の弟とする。

 父・義朝が平治の乱に敗れ伊豆に配流されてから以仁王の令旨を奉じて決起するまでの20年余、頼朝への仕送りを続けた比企掃部允の妻が生んだ娘である丹後内侍が惟宗広言との私通に因って生した子が近衛家に仕えた惟宗広言が治めた日向・島津荘の地頭に補任され島津氏の祖となったとされる。

 故・水野祐に拠る河内王朝下に全国的に繁衍した秦氏の流れとする信濃秦氏の出自という秦能俊が土佐国長岡郡宗部郷の地頭に補任されたことが長宗我部氏の興りとされ、比企尼の甥という能員を『愚管抄』は阿波の生まれとし、頼朝に粛清されたという甲斐源氏・一条忠頼に仕えた中原秋家は土佐国香美郡宗我・深淵両郷の地頭に補任された後に主家の遺児を嗣子としている。

 斉藤実盛に源義仲を託した畠山重能の祖父・秩父重綱の妹を妻とした有道経行は惟行の子とされ、有道経行の子・行重は母方伯父となる秩父重綱の猶子となった後に上野・多胡郡下に所領を得ており、また多胡荘を治めた領主は惟宗姓であったことを伝える。

 平安京にて藤原道長の長兄である中関白・道隆とその子・伊周の家令を務めた有道惟広・惟能父子らの官舎は左京・七条であったと思われ、惟宗氏は左京・六条に官舎を宛てがわれていた。


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